古都京都ということで忍者を意識して黒装束で固めました。胸には京都マラソンでもらった「絆」のワッペン。
特別に宗教を信じているわけではありませんが、神社仏閣や古くから伝わる信仰の地を訪ねるのが大好きな私にとって、人気の高い京都マラソンの抽選に当たったことは、まさに天佑神助(てんゆうしんじょ)でした(←宗教者かよ(笑))。
レースは午前9時、曇天で凍えるほどの寒さの西京極運動公園陸上競技場(正式名だと長すぎるので一部省略)をスタート。桂川沿いを北上して、天龍寺や清涼寺のある嵐山では自動車専用道路を走りました。
嵯峨野から東へ向かい広沢池に出る手前、たぶん8kmぐらいの登り道で、なんと!iPS細胞の研究資金を募るためにエントリーされていた山中伸弥教授とすれ違いました。
約1mの至近距離で、日本が世界に誇る知性にお目にかかれるなんて、なんて私は果報者なんでしょう。
思わず「きょーじゅーっ!がんばりましょう!」と声を上げて手を振りました。すると、教授も笑顔で軽く手を振って応えていただきました。このことだけでも京都マラソンにエントリーした価値はじゅうぶんにあったと思います。
ちなみに、山中教授は3時間57分31秒で、初のサブ4を達成したそうです。スタート位置が前の方で優遇されていたとはいえ、それなりに練習していないとこの記録は出せません。
私はというと、公式には3時間49分19秒でした。スタートの号砲が鳴ってからではなく、私がスタートラインを越えてからゴールまでのタイムだと3時間45分38秒でした。
あまりの混雑のため、スタートラインにたどり着けず約5分間は歩いていました。このロス、なんとかならないものでしょうか?
さて、10kmを過ぎた頃、坂道を下った先に仁和寺の立派な二王門が現れます。その時、小雨が降っていたと記憶していますが、人びとの声援がものすごくて励みになりました。「4年前、高校入学前の長女と二人でここに来たなあ」と感慨に浸りながら脱力して駆け抜けました。
このあと、龍安寺、金閣寺がある北山を東に抜け大徳寺方面へと向かう「きぬかけの路」を走っていきます。私は龍安寺が大好きで、この路を何度も歩きました。だから、懐かしい思いでいっぱいでした。
余談ですが、アメリカの現代音楽の作曲家ジョン・ケージ(1912〜92)が83〜85年に書いた “Ryoanji” という曲があります。
私は、武満徹(1930〜96)が主宰していた「今日の音楽」のケージ70歳記念コンサートでこの曲を初めて聴いたと思っていましたが、時期が合わないので、もしかしたらケージと交流が深かった現代舞踊のマース・カニンガム(1919〜2009)の公演で聴いたのかもしれません。
鈴木大拙(1870〜1966)に師事し禅に傾倒したケージだけあって、この音楽ほど龍安寺を見事に表現したものはないと思っています。龍安寺をモチーフにしたデイヴィッド・ホックニーのフォト・コラージュ作品もなかなかですが、これにはとうてい及びません。
15km付近の大徳寺あたりから北上すると、賀茂川にぶつかります。そのまま賀茂川沿いを北へ遡り、上賀茂神社あたりで折り返して川沿いを南下しました。
20km過ぎで再び東に折れて北山通を修学院方面に走って行きます。このあたりは折り返しの連続で方向感覚を見失い、25km過ぎで府立植物園の中に入ったときにはどっと疲労がこみ上げてきました。
その後、再び賀茂川の河川敷をひたすら南下します。このあたりまでくると失速したりリタイアするランナーがちょろちょろと出てきます。道幅が狭すぎるため、かれらをかわすのがたいへんで、とても走りづらかったです。
33km過ぎで、ようやく賀茂川河川敷のコースが終わり、左に折れて丸太橋通を京都御所を右手に見ながら走ります。そこをまた折り返して昭和初期のモダンな建築物、京都市役所に向かいます。ここでちょうど35km。
私もすっかりへたばって、このまま走るのを辞めたい気持ちでいっぱいでした。フルマラソンにつきものの「35kmの壁」というやつです。
それでも気力でがんばり続け、緩い上り坂を走りきって銀閣寺の手前で折り返した39km付近になってようやく最後のパワーがみなぎってきました。そして、京都大学のわきを駆け抜け平安神宮の赤い大きな鳥居があるゴールにやっとの思いでたどり着いたのです。
京都のコースは、想像していた以上に高低差があり、道幅も狭く、やたらと折り返しがあって走りづらかったというのが正直な感想です。でも、こんなに見どころが多いコースもほかにはないと思います。来年も抽選に当たれば是非走ってみたいと思います。
特別に宗教を信じているわけではありませんが、神社仏閣や古くから伝わる信仰の地を訪ねるのが大好きな私にとって、人気の高い京都マラソンの抽選に当たったことは、まさに天佑神助(てんゆうしんじょ)でした(←宗教くさい言いまわし(笑))。
前日のランナー受付後、南禅寺の有名な三門に上りました。(クリックで拡大)
レースは午前9時、曇天で凍えるほどの寒さの西京極運動公園陸上競技場(正式名称だと長すぎるので一部省略)をスタート。桂川沿いを北上して、天龍寺や清涼寺のある嵐山では自動車専用道路を走りました。
南禅寺の三門の上から境内を臨む。歌舞伎では、ここから石川五右衛門は「絶景かな、絶景かな」と言ったことになっている。(クリックで拡大)
嵯峨野から東へ向かい広沢池に出る手前、たぶん8kmぐらいの登り道で、なんと!iPS細胞の研究資金を募るためにエントリーされていた山中伸弥教授とすれ違いました。
約1mの至近距離で、日本が世界に誇る知性にお目にかかれるなんて、なんて私は果報者なんでしょう。
思わず「きょーじゅーっ!がんばりましょう!」と声を上げて手を振りました。すると、教授も笑顔で軽く手を振って応えていただきました。このことだけでも京都マラソンにエントリーした価値はじゅうぶんにあったと思います。
南禅寺の境内を通る琵琶湖疎水。モダンで枯れていてクール!(クリックで拡大)
ちなみに、山中教授は3時間57分31秒で、初のサブ4を達成したそうです。スタート位置が前の方で優遇されていたとはいえ、それなりに練習していないとこの記録は出せません。
私はというと、公式には3時間49分14秒でした。スタートの号砲が鳴ってからではなく、私がスタートラインを越えてからゴールまでのタイムだと3時間45分38秒でした。
あまりの混雑のため、スタートラインにたどり着けず約5分間は歩いていました。このロス、なんとかならないものでしょうか?
4年前の春休み、長女と訪れた仁和寺の五重塔。
さて、10kmを過ぎた頃、坂道を下った先に仁和寺の立派な二王門が現れます。その時、小雨が降っていたと記憶していますが、人びとの声援がものすごくて励みになりました。「4年前、高校入学前の長女と二人でここに来たなあ」と感慨に浸りながら脱力して駆け抜けました。
仁和寺二王門前の下り坂で脱力して忍者走り(ナンバ走り)をする。
このあと、龍安寺、金閣寺がある北山を東に抜け大徳寺方面へと向かうきぬかけの路を走っていきます。私は龍安寺が大好きで、この路を何度も歩きました。だから、懐かしい思いでいっぱいでした。
龍安寺の石庭を眺めていると時間と空間の感覚が麻痺してしまいます。(クリックで拡大)
余談ですが、アメリカの現代音楽の作曲家ジョン・ケージ(1912〜92)が83〜85年に書いた “Ryoanji” という曲があります。
私は、武満徹(1930〜96)が主宰していた「今日の音楽」’Music Today’ のケージ70歳記念コンサートでこの曲を初めて聴いたと思っていましたが、時期が合わないので、もしかしたらケージと交流が深かった現代舞踊のマース・カニンガム(1919〜2009)の公演で聴いたのかもしれません。
龍安寺の土塀の寂びた味わいは平等院とは対照的な美しさ。(クリックで拡大)
鈴木大拙(1870〜1966)に師事し禅に傾倒したケージだけあって、この音楽ほど龍安寺を見事に表現したものはないと思っています。龍安寺をモチーフにしたデイヴィッド・ホックニーのフォト・コラージュ作品もなかなかですが、これにはとうてい及びません。
裏から眺めた土塀も味わい深い。美しすぎてため息しか出ない。(クリックで拡大)
15km付近の大徳寺あたりから北上すると、賀茂川にぶつかります。そのまま賀茂川沿いを北へ遡り、上賀茂神社あたりで折り返して川沿いを南下しました。
20km過ぎで再び東に折れて北山通を修学院方面に走って行きます。このあたりは折り返しの連続で方向感覚を見失い、25km過ぎで府立植物園の中に入ったときにはどっと疲労がこみ上げてきました。
賀茂川沿いをひた走る。後方には失速者の姿。このあと、河川敷の狭い未舗装路へ。
その後、再び賀茂川の河川敷をひたすら南下します。このあたりまでくると失速したりリタイアするランナーがちょろちょろと出てきます。未舗装路の上、道幅が狭すぎるため、かわすのがたいへんで、とても走りづらかったです。
33km過ぎで、ようやく賀茂川河川敷のコースが終わり、左に折れて丸太橋通を京都御所を右手に見ながら走ります。そこをまた折り返して昭和初期のモダンな建築物京都市役所に向かいます。ここでちょうど35km。
私もすっかりへたばって、このまま走るのをやめたい気持ちでいっぱいでした。フルマラソンにつきものの「35kmの壁」というやつです。
前日のランナー受付のついでに平安神宮に立ち寄る。あでやかな朱色。
それでも気力でがんばり続け、緩い上り坂を走りきって銀閣寺の手前で折り返した39km付近になってようやく最後のパワーがみなぎってきました。そして、京都大学のわきを駆け抜け平安神宮の赤い大きな鳥居があるゴールにやっとの思いでたどり着いたのです。
やっとの思いでゴールイン。後方には平安神宮の応天門。(クリックで拡大)
京都のコースは、想像していた以上に高低差があり、道幅も狭く、やたらと折り返しがあって走りづらかったというのが正直な感想です。でも、こんなに見どころが多いコースもほかにはないと思います。来年も抽選に当たれば是非走ってみたいと思います。
ゴール後、京都市美術館前で着替えを済ませて記念撮影。