Poison & Medicine ブログ 毒と薬
2011.10.14
豊寿苑
音楽とアート
サカキマンゴーがやってきた!
サカキマンゴー!
10月12日、ミュージシャンのサカキマンゴーさんが豊寿苑に来てくれました。
サカキマンゴーさんは、サハラ以南のアフリカのさまざまな地域で演奏されている親指ピアノ(地域によってリンバ、リケンベ、ムビラなどと呼ばれています)という楽器を演奏します。東アフリカのタンザニアで人間国宝級の親指ピアノ奏者、故フクウェ・ザウォセに師事しました。
といっても、民俗音楽ばかりを演奏するたんなる伝統主義者ではなく、現代アフリカのポップカルチャーはもとより最先端のロックやポップスなどとのミクステュア(融合)を積極的に試みています。さらには生まれ育った鹿児島県の南部、頴娃(えい)地方の言葉や俗謡の要素も組み入れるなど、「現在を生きている」独自の音楽を追求しつづけています。
先ごろ、CDリリースされたサカキマンゴー&リンバ・トレイン・サウンド・システム名義でのセカンド・アルバム『オイ!リンバ』は、アフリカの音楽を中心に時間と空間をこえて放射状に広がるめくるめくサカキマンゴー・ワールドが実に見事に表現された名作です。このアルバムの発売に際しておこなわれた全国ツアーで名古屋のライヴを観に行ったのですが、ひたすらかっこよくてそれはすばらしいステージでした。
わたしは『ミュージック・マガジン』などの音楽専門誌でワールド・ミュージックの批評をしています。そういう専門家的な目から見て、サカキマンゴーはいま、日本でもっともクリエイティブなミュージシャンの一人であると断言します。
新作『オイ!リンバ』についてくわしくレビューしたいところですが、それは別の機会に譲ることとして、ここでは豊寿苑でのかれのパフォーマンスについて報告させてもらいます。
子どもたちに「もったいない」の精神を
サカキさんはミュージシャンとして活動するかたわら、子どもたちのためのワークショップやアフリカの現在を伝えるトークショーなどの活動もおこなっています。
わたしは、昨年、長久手町文化の家でおこなわれた子どものためのワークショップに小2の息子と参加しました。
アフリカの民俗楽器の実物やアフリカ各地で取材した人びとのくらしを記録したスライド写真を見せてもらったりしながら、アフリカでは楽器をはじめ遊び道具は買うものではなく自分で作るものであること、しかも新品からではなく多くは廃物から作るということを、それはもう、おもしろおかしく、わかりやすく教えてくれました。さらに、子どもたちにガラクタを使って実際に楽器を作らせ、最後はみんなで演奏するという体験までさせてもらいました。それは現在の、そして未来の日本社会においてますます大切になっている「もったいない」の精神を子どもたちに伝えるものでした。
「ミュージシャン」としてのサカキマンゴーしか知らなかったわたしは、(こういってよければ)「教育者」としての、「芸人」としてのかれの優れた一面に驚き感激しました。また、かれの温かくてジェントリーな人柄にも強く魅せられました。そして、このむちゃくちゃ楽しくてためになる「授業」を学校の総合学習のような場でもっと多くの子どもたちに体験させてあげられたらいいのにと思うようになりました。
しかしこの、授業とも講演とも演芸とも演奏会ともつかない「ショー/セミナー」の楽しさを言葉で伝えるのはとてもむずかしく、しかもわたしのようなマニアックな音楽ファンには最高にヒップでクールなかれのポリリズミック(異なった複数の拍子が同時に演奏されること)な音楽が、一般の人びとにとってはかえって敷居を高くしてしまっていることは否めません。「とにかく一度体験してみてください」としかいえないのがつらいところです。
それならば、いっそうのこと当施設のお年寄りに体験していただけないものだろうか? そう思い立って、ことわられるのを承知の上でサカキマンゴーさんにオファーしてみたところ、「コンサート・ツアー終了後ならば」との返事をいただき実現したのが今回のイベントでした。
同じ目線の高さで輪になって
じつは本格的なアフリカ音楽の実演をご利用者のみなさんに体験していただくのは今回が初めてでした。サカキマンゴーさんにとっても介護施設でお年寄りたちを相手にパフォーマンスするのは初めてとのことでした。だから、デイケア(通所リハビリテーション)ご利用の25〜30名前後をおもな対象に上演時間45分前後ということだけをお願いしておき、具体的な中味や進行については、当日、サカキさんに会場を見てもらって決めていただくことにしました。
お昼前後に当苑に到着されたサカキさんは、会場となる当苑1階ホールの八角形の吹き抜け天井の下に立つと、そこを中心にお年寄りたちが自分を取り囲むようにして円形に並んでいただくことを要望しました。あわせて、ピンマイクの音量をできるだけ落としてナチュラルにしたいとのことでした。これはお年寄りたちと同じ目線の高さに立って、できるだけ近い距離感で演じてみたいとのねらいからだと思います。
つかみはOK!
いよいよ開演です。 はでなシャツを着たにいちゃんが両脚に付けた鈴(「ンジュガ」といいます)を「シャカシャカ」と鳴らしながらお年寄りたちの輪の中に現れたとき、お年寄りたちは「いったい何が始まるのか?」と目をパチクリさせていました。
そして円の中央に来るなり、細い木の枝で蛇腹に組んだ洗濯板のような東アフリカの楽器「カヤンバ」をやおら手に取り、木の棒でリズミカルに擦って意味不明な言葉で歌いながら、輪の内側をぐるぐると回りはじめると、みなひたすら呆然。
その歌が終わるや、今度はいよいよ親指ピアノを手に取り、この楽器のことを紹介しました。といっても、ウンチク的にではなく、コントのようにおもしろおかしくやるものですから、お年寄りも思わずつられてゲラゲラと笑い出しました。なんという見事なつかみ。ナイスなクールダウンです。
そして、親指ピアノを演奏しながらスワヒリ語で早口に自己紹介を始めました。みな呆気にとられてボーッとしておられるのを見て、いきなり歌いながら大声で泣き出しました。これには大受け。そこで気を取り直して今度は日本語で歌いながら自己紹介しました。「わたしの名まえはサカキマンゴー」の呼びかけに、お年寄りたちから「サカキマンゴー」と答えてもらうやりとりが続きます。そのうちにご利用者の緊張感もほぐれ、声もだんだん大きくなっていきました。これぞ「コール&リスポンス」というアフリカ伝統音楽の極意。
そのあと、いきなり木でできた小さな弓と矢のようなものを手に取り演奏を始めました。「ンドノ」という弓に張った弦を棒で叩いて演奏する楽器です。赤ん坊を膝に抱いてこの楽器を奏でながら2時間近くも子守唄を歌い、そのうち自分も眠ってしまっていたというアフリカで見たおじいさんのエピソードも交えて、とても心地よくゆったりした気分にいざなってくれました。ヒョウタンでできた共鳴板を胸にあてがい演奏してもらって、思わず微笑むご利用者もいました。
One World Under the Groove !
ここからいよいよ佳境へ入ります。
サカキマンゴーさんは親指ピアノに持ち替え、ご利用者たちに手拍子とかけ声で和調のリズムを取ってもらうと、その中を親指ピアノで斬り込んでいきました。そして、輪の中をぐるぐると歩き回りながら歌い踊ります。最後はダンスが興じてジミ・ヘンドリクスみたいに床に寝そべりのけぞってしまうパフォーマンスも披露。
豊寿苑を始めて16年、ビートに合わせて乗っているお年寄りたちを見たのはこれが初めてでした。お年寄りの輪はいつの間にか二重に膨れ上がりその数は50人近くになっていたそうです。
アンコールでは、お年寄りがめいめい(片マヒのある方も!)手作りのマラカスやら鈴やらウッドブロックやらを手にとってプリミティブなリズムを奏でる中で、親指ピアノを使った熱い歌と演奏を披露してもらいました。クライマックスに近づくにつれ、サカキマンゴーさんの合図でリズムはドンドン加速化して、ついにはサカキさんとお年寄りたちとが完全に一つの音世界を共有し形成していました。これぞ、’One World Under the Groove !’
現代のトリックスター
こうして約45分間のパフォーマンスは大盛況のうちに終わりました。
すると、全身汗まみれになって息をついていたサカキマンゴーさんのもとに何名かのご利用者が車イスをみずから操ってやって来られました。そしてかれに握手を求め、感激を伝え、また来てくれることをお願いしていました。中には目に涙を浮かべておられる方もいました。
ついでに、いくら日本人だと説明しても「マンゴはどこのガイジンだ?」といって譲らないお年寄りがいたこともつけ加えておきましょう。
公演後に聞いたところでは、観客の場所を円形にしたのは今回がはじめてだったそうです。そのため、前からも横からも後ろからも斜めからも視線を感じて、全方向に気を配らなければならなかったところがとても刺激的だったと語っておられました。
そんなことを書きながらいま思ったのは、豊寿苑に来てくれたサカキマンゴーさんは、外の世界からムラにやって来て人びとの災厄を払い幸せを運んでくれるトリックスターだったのではないかということです。とかく「閉鎖的」といわれる介護施設に外の風を導き入れ、マンネリ化した世界に揺さぶりをかけて活性化をもたらしてくれた現代のマレビト(漂泊芸能者)であるサカキマンゴー。かれのすばらしい才能に改めて惚れこんでしまいました。